おいしさはやさしさ

社会人になりました

今ある当たり前は、昔の非当たり前

今日も寒かったので引きこもりがちな一日でした。本を読んで映画を見に行ったら一日が終わった…しかも映画見てる間に地震が来てやや焦りました。東京なのか私の住むエリアか、結構揺れることが多くて良くない地震耐性がついてしまいそう。

そうこうしながら二冊本を読みまして、全然関係ない本のつもりがシンクロして面白かったので、その話をしますね。

 最近わたしの中でブームな「おしゃれ」

おめかしの引力

おめかしの引力

 

 

 そして、職場の先輩がおすすめしていた「ビジョナリーワード」

未来は言葉でつくられる 突破する1行の戦略

未来は言葉でつくられる 突破する1行の戦略

 

 

最近ひさしぶりに見た「プラダを着た悪魔」で面白かったシーンに、冴えない主人公がファッション好きを小馬鹿にするシーンがあって、そこで編集長が語る「大衆のものになっているその青色のセーターは、このファッショントレンドの世界で流行ったものなのであって、この世界がなければあなたもそのセーターを着ることはなかったのよ」って吐き捨てるのが「うおおおおファッションの歴史かっこいい!!」って私が思うポイントなのでした。

って思っていたら同じシーンについて川上未映子が言及していて、同じようなものにヴィダル・サスーンの話があるとのことだった。今このご時世に当たり前のショートヘアーは、昔からあったものではなくサスーンが提案してトレンドとなり、その後当たり前のものとして今存在しているとのこと。女性のファッションも同様にココ・シャネルによって新しく作られ、そのおかげで今の私たちはコルセットから解放されているとのこと。ファッションとはただ布で自分を覆うということだけでなく、自己表現の一つのツールでもあると言える。このあたりは鷲田清一の本に詳しいですね。 

ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)

ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)

 

身にまとうものについて、私も私服だった中高のころは文字通り年がら年中ジーパン(それもスキニーパンツ)で過ごしていたことがある。今振り返ると、それは自分の女性性を受け入れられなかったことが原因にあるような。いまでも女の子女の子した服は苦手で着られないし、巻き髪とかばっちりメイクも苦手。

というのは一旦置いておいて、読んだ本の話。当たり前じゃなかったものが当たり前になるために、少し先の未来を言葉で示すことって大切というはなしで、その例としてココ・シャネルもヴィダル・サスーンも紹介されていた。女性は男性の庇護にあることが当たり前で、彼らの求めるスタイルにあることが当たり前とされていた時代もあった。今はそんな時代から脱却して、女性は自分が自力で生きていくことが比較的当たり前だし、ファッションも自分で選ぶことができる。こんなの当たり前だと思っていたし、そんな時代だからこそ悩ましい選択肢も多い、なんてちょっと文句もいいたい気分になっていたけれど、ことはそう簡単でもないようだ。

などなど。そうやって明日も自分の生活を自分で支えるため、出勤して世の中に自分のちからを還元して、少しずつ良い世の中にしていくのです。ごきげんよう