おいしさはやさしさ

社会人3年目

US・ニューヨーク #2 自由の女神

ニューヨーク滞在記その2です。

観光する時間も暇もあまりない滞在期間だったので、せめても・・・と思い自由の女神を見てきました。私のような弾丸トラベラー向きの情報があまりなく情報入手に困ったので備忘録として自由の女神訪問記を残しておきます。

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Battery Parkの船着き場でフェリーから見た自由の女神。見えない(笑)



自由の女神の見方

せっかくのニューヨーク、お金を払うのは厭わない!という前提だと、自由の女神を見る方法は2つあります。

  1. Statue Cruises(スタチュークルーズ)
  2. Circle Line Cruises(サークルラインクルーズ)

他にも各種公園や展望台から見る方法、公共のフェリーから見る方法がありますが、メインの見方はこの2つになるでしょう。といっても違いが分かりにくいので、それぞれ特徴をまとめると、下記のようになります(※この違いがWeb上の記事でどこにもまとまっておらず、情報収集に大変苦労しました)。

Statue Cruises
  • リバティ島自由の女神がある島)、エリス島(アメリカ移民局が置かれていた島)に上陸できる
  • 大人一人$18で乗れる。シティパスの使用も可能。
  • 一周約1時間。それぞれの島で5~10分ほど停泊する。
  • 朝早く(AM8:30)から20~30分置きに便がある。
  • フェリー乗り場の最寄り駅はBattery Park(バッテリーパーク)駅、またはBowling Green(ボウリング・グリーン)駅。駅降りてすぐ乗り場。

→分かりやすいサイトはこちら

Circle Line Cruises(Libety Cruise)
  • 様々なCruiseがあり、そのうち1つがLiberty Line。ハドソン川をクルージングし、自由の女神まで見に行くことができる。
  • 所要時間約1時間。乗ったら乗りっぱなし。
  • 午前午後それぞれ2(時期によっては3)便のみ。
  • 大人一人$30。
  • フェリー乗り場の最寄り駅はTimes Square-42nd駅、またはPort Authority Bus Terminal駅。駅降りてから15分程度乗り場まで歩く。

→分かりやすいサイトはこちら

違いはざっくりこんな感じなので、それぞれの最新情報については適宜お調べください。

いざ自由の女神

午後イチに日本に発つ飛行機に乗るため、ホテルに10時までに戻る必要があり、選択の余地なくLiberty Cruisesで自由の女神見学に向かいました。事前情報だとやたら「行列」という文字を多く見かけたので、チケット販売開始の8時よりだいぶ早く到着した(7:30頃)ところ、まだチケット売り場は空いておらず、近くのスタバで朝ごはんを食べて待機しました(全然カフェオレが出てこなくてヤキモキした)(名前呼ばれたから伝えたのに相変わらずちゃんと聞き取ってもらえない)。ネットでチケットの予約もできるようなので、不安な方は事前に予約をして当日は引き換えのみ、というのがベストな選択なのではないでしょうか。

前述の写真のとおりハリケーン来襲の結果、圧倒的にお天気の調子は悪かったのですが、なんとか雨には濡れず自由の女神が拝めました。

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自由の女神と、向こうに見えるのはウォールストリート。思ったより半分くらい台。

自由の女神を見るだけ見て、リバティ島でもエリス島でも下船せずにきっちり1時間でマンハッタン島に戻ってきました。停泊時間は5~10分ほどあるので、地面に足をつける事自体は可能だったのですが…帰国できないかもしれないというリスクが大きく断念…次来たらぜっっっっっったいどちらも上陸して隅々まで見てやる。特にエリス島は、アメリカという移民の国の歴史を考えるにあたって絶対に外せない場所なので、次にニューヨークに来ることがあれば最初に訪れたいなと思っています。

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エリス島の元移民局。なんだかアメリカらしくない建物の外観。

以上、駆け足で巡った自由の女神見学の思い出でした。

自由の女神は見に行くことがゴールだったので特に感想はありません。強いて言うならば、女神はなんともいえない表情をしているな…と思いました。彼女は今の世界を見て「自由」についてどう思っているのでしょうか。

ごきげんよう

 

US・ニューヨーク #1 ざっくり感想

お久しぶりです。気がつけばまた前回更新から1ヶ月半ほどたってしまい…

先週は一週間、会社の視察研修でニューヨークに行ってきました。そこそこ世界を回ってきているというのに、実は初上陸…ということでざっくり感想をば。

 

アメリカにしては街が小さい

空港からタクシーに移動している間に驚くほどの渋滞に巻き込まれて、平日の日中だというのに…!と感動すら覚えていましたが、どうも四六時中ニューヨークは渋滞しているのでは?というのが最終日の感想でした。というのも、街のサイズに対してトラックがやたらでかく、そのトラックが動くことであたりの交差点が軒並み詰まるという…アメリカ本土のデカさを改めて感じました。きっとアメリカの大部分はあのトラックサイズなんだろうなと思う半面、街に合わせるのではなく車が頑張るところがなんともアメリカらしい…街が小さいというよりは、街に歴史があって古くの道幅が維持されているという表現のほうが正しいかもしれませんが。ローマも同じく道路のサイズは小さくて、でも車もそれに合わせて小さかったので、ここまで違和感は感じなかったように思います。渋滞に巻き込まれるのも大変でしたが、あとは工事も多かったような…ニューヨークについてあまり歴史を理解できていないのですが、なにかリニューアルの時期なのでしょうか?

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ここがあのタイムズスクエア



 

「世界の中心」観

世界を旅行して、「ここが世界の中心だ!」という場所には今まで出会ったことがなく、むしろずっと育った関西を離れて東京で暮らし始めたときに、今まで感じようのなかった「圧倒的な経済規模」を感じたのが「中心」に対して私が持っているイメージです。ニューヨークは、観光地としてはきっとそこまで圧倒的ではなくて、むしろ経済の街なんだなと、行ってみて改めて思いました。「住むのに快適」という印象はあまりなく、むしろ「(ビジネスという)用を足すのに最適化された街」という感覚がありました。あとはなんというか「無骨」な印象。地下鉄はなんだか暗くて、無理やり走らされているような感覚で、前述の通り車はでかいし工事ばっかりしてるし。人種のるつぼというのもなるほど、というような、逆に人種を気にしない無骨さを感じました。

もちろんご飯を食べているときなど、サービスについては「西洋だな」と思わされる気配りで、ふと出会った人もなにかと会話をすることは多く、「敵対心を持っていない」ことを示すために見知らぬ人と会話する、という感覚はあまり日本では得られないものでした。

 

 

911について思ったこと

今回は9/10にニューヨークに入って数日滞在したのですが、会社の視察旅行ということであまり遊び時間はなく、でも10日と11日、それぞれで911モニュメントに様子を見に行きました。10日は式典前日のため、メモリアルミュージアムは15時に閉まってしまい中には入ることができず。屋外にあるWTC跡地を回りました。

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WTC跡地

すごく大きな四角い滝が2つあって、それがWTCの跡地とのことでした。私個人、旅行のたびに「その場所で起こった歴史的な事件、その結果人類に与えた影響」というものをどうしても考えてしまうのですが、WTCについては人生初と言って良いほど、物心に残っている出来事(当時9歳)で、まだ歴史として受け止めることができないな、ということがここでの感想です。初めてニューヨークの地を踏んで、ウォール街WTCの近さを体感して、ここにそびえ立つ「世界」を冠した建物が爆破されることの影響の大きさを、この歳になって改めて考えさせられました。911当日は夕方頃に再度訪問をしてみたのですが、やはり前日とは違う雰囲気で、これは写真を撮る場所じゃないな、と思いながらこの場を跡にしました。

 

ということで

時間がないながらもMoMAとミュージカル鑑賞、自由の女神はちゃっかり回ってきたので後ほど詳細アップします〜ごきげんよう

8月第1週の日記

7月から異動した部署の仕事として、資格を取ることになった。研修期間は3ヶ月、隔週の授業に毎回課題があるそうな。時間のなさと、現在レベルの低さがまるで受験生を思い出すのだけど…伸びしろたっぷり。この金曜日まで、異動前後の仕事が全てといっていいほど山場で、正直裁けず、気持ちも体力もめげている。けど、こういうのを乗り越えたときこそ、自分の自信もつくのよね、という気持ちで今のところ前向きに頑張っている。正直忙しいのは困らないけれど、夏バテでベースの体力が削がれがちなのが苦しさではある。

と思って、6月から地味に週末水泳にハマっているのを、ここ数週忙しくサボっていたが再開。小学生の頃、数年間水泳を習っていて当時そこそこ泳げていたけれど、それはもう圧倒的に身体が重くなっていて&肺が弱っていて(?)、苦しいといったらありゃしない。けど前述のとおり、つらさを乗り越える達成感が恋しくて頑張っちゃった。いますごく二の腕と肩甲骨あたりが痛い。体力・筋力のために、布団の中でスマホ使うときはプランクの体制にしようかな…健康診断の結果がそろそろ帰ってくるのが怖いです。身体ってメンテしないとダメになるんだな、と実感するお年頃。

などなど、非常に心が落ち着かない日々なのですが、そんなときこそ現実逃避に本を読みたくなる。「GAFA 四騎士が作り変えた世界」「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」「読書の日記」「喜嶋先生の静かな世界」を日々つまみつつ過ごしています。「読書の日記」を読んでてすごく共感するのは、「食べるように読む」というところで、別に学ぶことや、感情的になったり他者の人生を生きること、を求めるのではなく、ただ本を読みたいだけなんだよな。おかげで一人暮らし3年目ですが、余裕で本棚に本がおさまってない。そろそろどうにかしなきゃ…

なんて思っている8月はじめの週末です。7月の電気代が普段の倍くらいで笑っちゃったけど、これも生きるため…ごきげんよう

1年と2日前

今日もいつもどおり、じっとりした空気で暑いな、と不満を抱えながら、一年前の今日の高知の空気を思い出していた。前日、それも日が変わってから飛行機の予約をして、飛び乗った飛行機で、日帰りで。人生はじめての高知、もう社会人になったというのに、中高の同じ部活だったメンバーや、学校行事の委員会メンバーごったまぜで、平日昼間のひろめ市場。

7/31夜に知らせを受けて、然るべき人に知らせを広め、高ぶった気持ちでなかなか寝れず、起きたら予約していた飛行機が飛ぶ10分前で慌ててキャンセル、便の変更。現実感のないまま飛行機に乗り、憔悴している間に飛行機が高知に着いた。広くない空港で、着陸便も少ないので、到着口で友人を待つ間にいろんな人に会う。数年来に会う人もいて、でも「なんでこんなところにいるの?」なんて質問は野暮で、再会がうれしい再会でないことが悲しかった。

高知なんて土地勘もなく、こんな状態で運転できるはずもなく、タクシーで数千円分。その間に、当日吹っ飛ばした仕事を他の人に依頼するためにスマホでひたすらメールを打ち。

到着して、周りの人たちの顔ぶれを見回して、「なんでこのメンバーで集まっているのに、あの人がいないんだろう」と思ってしまう、中高で仲良しだった先輩のお葬式に参列しました。連絡を受けたときは「嘘でしょ」と思い、そんなはずが、と思いながらたった1時間のために高知へ飛び、本当に先輩が旅立ってしまったことを確認し、現実なのにパラレルワールドに来てしまったような不思議な気持ちで、でも一方の私は現実に驚いて、姿を見て目から溢れる涙が止められませんでした。

在学中は毎日メールを送り合う中で、卒業時にジャージをもらって(私服の女子校だったので、卒業式の第二ボタンならぬ、ジャージを先輩から後輩にあげる文化がありました)、でも卒業してから出会う機会は少なく、数年来、ほぼFacebookで誕生日に挨拶するだけの関係で、仲が良かったと名乗ってよいのか、と思ってしまう先輩との関係性。

そんな先輩が何に悩んで自らこの世を去ってしまったのか分からないし、それについて、わざわざ他人に話を聞くのもなんだか気が引けて、まだわからないまま一年が経ちました。

1時間ほどの告別式を終え、呆然としばらくみんな立ち尽くしていたものの、せっかく高知まで来たんだから、飛行機までは数時間あるんだから、とひろめ市場へ。住んでいる場所は東京だったり神戸だったり徳島だったり、遊びの予定なら頑張って前々から予定を合わせなきゃいけないメンバーが、真夏の平日、商店街をうろうろしている最中、なんだか修学旅行を思い出してしまって不思議な感覚だった。18歳の頃のわたしたちは、まさか7年後のこんな日に、こんな悲しい機会をきっかけに高知で集合する、なんて思いもしなかったよって。ひろめ市場に流れる空気は平日昼間のぬるっとしたそれで、観光目当てのタイミングならきっと食べられなかったであろう、ひろめ市場のかつおのたたきは美味しかったし、本場でしか出回らないであろうゆずジュースも爽やかだった。駅前にヤシの木が生えている様子には、気候の違いを感じざるを得なかった。

関西組が帰ったあと、徳島住みの友だちとふたり、高知城に行って街を見下ろして、「先輩が地元の大阪から、何らか理由を抱えて、この街に逃げてきていたのかもしれないね」なんて話しながら、そんなに愛着のある高知を先輩が生きているうちに案内してもらえばよかった、とやり場のない思いを抱えて日が暮れるのを見ていました。最後の最後、空港に向かいながら車がすごい夕立に打たれたのは、このやるせない心がそのまま天気になってしまったのかと、つい二人でポエムを呟いてしまうほどだった。

帰りは、せっかくこんなとこまで来たのだから、ご迷惑をおかけしたし、と会社の人にお土産を買うなど、急に現実世界を生きる私が帰ってきていた。機内では、読みかけだった森博嗣の「貴嶋先生の静かな世界」を休み休み読みながら、夕焼けをずっとずっと眺めていた。森博嗣の本の世界の透明さが、社会にうまくなじめなかったのかもしれない、先輩の姿になんだかかぶってしまうな、と思いながら読み切った。この往復、珍しく国内線飛行機に一人で乗って、話す相手もなくスマホをいじる気持ちにもならずぼんやりしてばっかりだったので、いまだにANAの着陸後の音楽を聞くと不安な気持ちが顔を出す。

次の日は朝ふだんより早く出社して、そこからはいつもどおりの日々が来て、なんでもない顔をしつつしばらく胃腸が痛かったんだった。当時は何も思わず「なんだか調子が悪いな」くらいに思っていたけれど、今思うと、パラレルワールドの現実側のわたしの心の辛さだったんだろう。そのあとインドネシアに行ったり忙しくしている間にだんだん治っていったような気がする。

一人暮らしも3年目を迎え、なんでも自分でこなせているような気がするけど、そんなことないんだな、と最近思うようになった。たまたま、なのか、さすがに、なのか、弾丸高知の翌日、一人ではぼんやりしすぎるので仲の良い会社の先輩とご飯を食べていた。「大丈夫?」って聞かれてかくかくしかじか、「それは大変だねえ」とコメントをもらい、当時は「そうなんですよ」くらいの気持ちだったけど、今思うと最高の相槌をもらっていたな、と思う。そしてその相槌は、近しいつらさを抱えていた友人に、大学生時代の私がかけた相槌でもある。「当時は話聞いてもらってるだけのつもりだったけど、あとで振り返るとあの相槌が一番欲しかったんだよ」って言われた相槌です。気持ちを投げて、適切な形で返してくれる人が周りにいることはとても心地よいし、心の支えになる。

というこんな長い話の断片を、仲の良い会社の先輩と二人、松屋で晩ごはん食べながら思い返していた一日でした。おやすみなさい、また明日。

世界がずれているのか、自分がずれているのか

昨日日記を書いたら、今日も日記を書きたくなったので書く。

気付けば新卒で入社した会社も三年目と言われる年次になり、ある程度分かってきたところで、新人のときに配属された部署のメンバー5人で飲む会が久々に開催されました。

ひとりの先輩は既に退職していて、あとのメンバーはいまもそのまま一緒に働いているものの、こうやって懐かしい空気にひたるのはなんだか、いいもんだな、と思っていました(こういう過去を偲ぶところからいわゆる「老害」になってしまうのかもしれない…)。が、久々に集まってみるとなんとなく会話って面白くなってしまうもので、具体的にいうと、ひとり少しずつ方向のずれた相槌/挙動をする人がいて、どうもうまく方向を直すことはできず一緒に笑っていたんだけど、どうも私この感覚知っているなぁという気分になった。というのも、時に数人でご飯を食べたりしていると、わたしの一挙一動(というと言いすぎかもしれない…)に対して笑うモードに入ってしまい、途中までマジメにやり取りしようと試みるも、結局どうにもこうにも、なにをしても笑われるので諦めちゃうあの感覚、わたしも笑われる側になることが少なくないな、と。世の中にはきっと見えないプロトコルがあるのでしょう。ただそれに乗れるかどうか、不安になったところで、もとから合わせられるものは合わせてるよ。という気持ちになりました本日。今週も山は越えましたね、ごきげんよう

「読書の日記」を読んでいる

一度物書きモードに入ると物書きしちゃうんですよね。ということで、「読書の日記」を読んでいます。本日読み始めました。

フヅクエの読書会に行ってきました。

http://fuzkue.com/entries/556

みんな同じ本を読んでてシュールでした。読書会なのに、本について会話をしない内的読書をあえて物理的に同じ場所でするってユニークだし、それも今回は本の筆者が同じ空間にいることもなんだか不思議な気持ちでした。本の良さは、同じものを読んでも解釈が人によって異なることにあると思っているので、解釈をぶつけ合うのは面白いと思うものの、なんだか読書という行動に対してアクティブすぎる印象もあり、「個々人が読書をすること」を目的とする場は、目的とか考えないのであれば(むしろ設定するのがナンセンス)なかなか愉快だなぁ、というのが個人的な感想です。ただ、わたしは、「自分の書いたものが個人を特定される状態で受け止められる」ということが怖すぎて無理なので、筆者/店主の心が強いなと慄き(だったらそもそもブログを書くなというのも1つありそうな指摘ですね)(書くけど)。

日記を読んでいるだけなのに、返事をしたくなるのか、なんだか自分も読書の日記を書きたくなる不思議な本です。日頃読んでいるブログとか、仕事で接している人は「目的ありき」「必ずこれは楽しめるという確証」を持って読書をしているイメージ(勝手に)なので、こうやってモノを食べるように文章を書いている人がいることに気づけて良かったです。まだほんの4分の1ほどしか読めていないので、毎日静かにコツコツと読み進めたいです。

フヅクエというお店は前から気になっていたものの、都内を横切らないといけないリッチだったのでなかなかきっかけが掴めておらず、今回足を踏み入れられて良かった。わたしも本好きだけど、「本好きのための空間」を作るほどではない&あれば行く、という感覚だったので、実際にそういった空間を現実に作るところに感服。ちなみに、ドリンクが「本に集中したいときってこういう飲み物がそばにあるのが理想だよね!」というチョイスで嬉しかったです。

みたいな読書会参加日記です。次回フヅクエ来訪時はぜひソファに座りたい!ということで、ごきげんよう

気がつけばまた更新が2ヶ月ほど滞ってしまいました。ここ最近は地震だったり豪雨だったり、出身地のあたりがなにかと騒がしく心配な日々です。特に何があったわけでもないですが、2018年第一四半期を振り返るメモです。

人生3度目、台湾に行った

2018年は人生で一番といっても過言でないほど海外旅行に行っています。前半だけでも述べ1ヶ月くらいは国外に出ているような気がする。GWのヨルダン・ドバイ旅行に続いて台湾に行ってきました。今回は3人旅。自分ひとりだと何だかんだ観光地めぐりを熱心にするのですが、テーマは食い倒れ旅行。心の赴くままに出向く旅でなんだか新鮮でした。3泊3日で小籠包8回食べた。

ふと数えてみたところ、28ヶ国・地域も訪れていたらしい。一人で初めて海外旅行をしたのは大学1年生の春休みだし、大学生の間はなんだかんだサークル活動もバイトも頑張っていたので、旅行にゴリゴリ行き始めたのは大学5年次なのではなかろうか。社会人になって、「一人のうちしか周りを顧みず旅行できないのでは!」という気持ちになってせっせと旅行に行っています。が、なんだかいろいろ新鮮味がなくなってきたりしている。リゾート地でまったり、というのはなんだか性に合わず、遺跡を見に行くことなどが多いのですが、遺跡の近くは高級ホテルorバックパッカー宿、ということが多く、なんだか最近はどちらにも気持ちがなじまずモヤモヤしています。「どうせ寝るだけなんだから」高級ホテルに泊まるほどではないと思うものの、バックパッカー宿の湿った布団はなんだか寝心地が悪く…でもそんなことを言いながらまた旅行に行ってしまうのでしょう…

 

サピエンス全史いわく、昔は旅行なんて娯楽ではなかったと。ロマン主義の世になり、見聞を広めることが徐々に娯楽になり、昔は羨望要素でもなんでもなかった「一時的な遠出」を人間はさせられているのだと。ロマン主義、はさておき、冷静に考えると旅行という楽しみ方は、第一次産業のような「日々同じ土地にいて少しずつなにかをすること」を求められる人以外の娯楽なのでは、と思ったりもする。あと旅行ってお金さえ使えばやりたいことが達成される、努力を必要としない趣味なんだよな…だからって何、というわけではありませんが…

異動した

新卒で入った会社で継続勤務3年目を迎えたのですが、この7月に部署異動をしました。UI/UX系の部署から、データ分析系の部署への異動です。バックグラウンドにUI/UXの知識もなく、データ系の知識も今のところなく…でもUIUXよりもデータ分析の方が技術よりだと思っており、何らか「目に見える」スキルがつけられるところに魅力を感じての異動です(あとは社内での立ち位置とかいろいろ思うことはあるものの、大したことは語れないので一旦スルーで)。「データ分析」は今は流行りであるものの、今後もずっと求められるのか(人が担当するべき仕事なのか)というところは少し不安ではあるものの、せっかく物事を見るときの視点を変えられる機会なので異動という道を選びました。さっそくDB系の言語を習得せねばという気持ちで、土日はPythonを自主学習。新しい物好きなのでしばらく頑張ってみます。

プログラミングも旅行も、人の備忘録に助けられることは多々あるので自分の学びも記していきます。

hfu62 - Qiita

水泳を始めた

東京に引っ越し&座りっぱなしで仕事=意識しないと運動する機会はない、ということにはずっと気づいていたものの、なんとかなるだろうと腹を括っていたら、会社の健康診断で私史上Max値の体重を叩き出してしまいました。引っ越し直後に買ったタニタの体重計にも「身体年齢は31歳(※先日26歳になったところです)」と言われてだいぶショックだったので水泳を始めました。週一ペースですが、今のところ3週間続いています。だいぶ久々だったので、思ったほど身体が動かず、「これが抗えない年齢による悪化…?!」と思うものの、3回目にもなると身体が水に慣れてきた気もします。体重も徐々に戻ってきているような気がしたり、毎週の筋肉痛に達成感を覚えたり、紀のせいかもしれないけれど身体に良いことをしている、という過剰な意識で夏の間頑張ってみようかと。目標はありませんが、社会人になってからやたら風邪をひくので少しでも体力がつけば&体重を社会人はじめごろの水準に戻したい。ちなみにスマホの触り過ぎか、じわじわと視力が落ちており、コース選定時にどのレーンが何用かわからず難儀したりしています。

そんな日々です。ごきげんよう