おいしさはやさしさ

旅行の日記とか独り言です

逃げていった2月

2月最終日ですね。いよいよ花粉の飛来を本格的に感じるようになって、でも寒さは冬のそれで、なんだか冬と春の悪いとこどりしちゃったような一日でした。仕事も、朝から行きたくなさすぎて(=出勤して自分の業務の進んでいなさを客観的に見ることがつらすぎて)、出勤したら朝から悔しさに泣いて、でもそれを元にお昼に褒められて、精神的なブレ幅が大きな一日でした。そして月末なので、いろんな人の進退をうっすら知ることになり寂しさ募る一日でもありました。今のチーム、結構好きだったのに解散しちゃうんだよな〜〜〜やっと居心地良くなってきたのに。一年目の後半、ここで過ごせて楽しかったな、なんてきっと後々も振り返るのでしょう。ってまだあと1ヶ月あるからな!まだまだ頑張るぞ。

褒められて喜ぶことについて

こんなTweetを昨日読みまして。

今日さっそく会社で褒められたことがあって、素直にうれしくて、「これは私の何について褒められているのだろう?何を得意箱に入れたらいいんだろう?」って冷静になってみた。 なかなか日頃の業務でOKを一発で出してくれないリーダーに褒められて、毎週この業務に関わりながら私が文字通り泣きついている先輩にも褒められた。それぞれ褒められポイントは違うんだけど、まとめると3つに集約されるんだろうな。

火事場の馬鹿力

今回の話は、本当に当日の朝までほぼ白紙状態で、どれだけプレッシャーをかけられても出てくるものがなく、今朝も布団のなかでうじうじしてた。けどやるときは馬鹿力が出るわけで、あとがなくなって本当に集中したら何かしらを形にする力はあるわけだと。過去振り返ってもあるな。テストの前日に「これは出るに違いない」っていう数学の問題だけざっくり暗記して、当日はその枠組を元に問題を解くなどした記憶が。いわゆる過集中的な力。でもこれが得意って普段からアピールするのは、綱渡りアピールと捉えられかねないのでやめておきたい…!細かいところを全部確認して詰める、というよりざっくり大枠だけ作っていきたいタイプなのですね。

アドリブ力

「白紙に文字しかないスライドでホントにプレゼンなんてできるのか?と不安になった」と先輩に言われた。けどプレゼンやってのけました。これは完全に性質を活かした経験の積み重ねによるもので、学生時代に前で話す経験が多かったからでしょう。これも「ざっくり」があれば、その隙間隙間で埋める内容は喋りながら考えていて、これができるのは自分の強みだと思う。少人数でのプレゼンよりも大人数の方が、このアドリブ力は生きやすいかも。でも無茶振りは嫌です、こわいしスベるから…面白くないんだなわたし…

伝えやすくまとめる力

これは先輩の力をかなり借りているので完全に自力とはいえないけど、「ありものをうまくまとめて伝わりやすくまとめる」力は割とあるように思います。ただ、その「ありもの」の存在を捕まえたり言語化すること、あと「伝える内容」を決めるのが結構苦手。あと、まとめるときにフレームを使うことってよくあると思うのですが、そのフレームが使いこなせているものなのか否か、は結構アウトプットのレベルに影響があるかも。

3つとも、「おおよその内容を作る」力の部分だと思うので、ここは適材適所になれるように、このサイクルを回して精度をあげていくのが良いのかも。正直、私の関わっている業務は「細かいところまで気を回せてなんぼ」なので楽じゃなさそうだけど、自分の強み(にしたいこと)を言語化するのって大事なのでとりあえず。

 

 

わたしのとっておきズボラ飯

そんな感じにお仕事を頑張るものの、今月は寒さから省エネモードに…たまには「料理頑張ろう!」と思ってちゃんと料理をするタイプなのですが、最近はほぼ料理をせず、ご飯を炊くことすら億劫…(水が冷たいから)

※料理頑張ろうモードの私↓ 

puch0o.hatenablog.com

 とはいえ何か温かいものが食べたい、そんな気分のときはこれに限ります。釜玉うどん。

作り方

  1. 冷凍うどんを包みごとチンします。
  2. チンしたうどんを器に移します。
  3. 卵を割って器にそのまま入れます。
  4. 器に醤油を目分量で入れます。
  5. あとはかき混ぜたら終わり!

このズボラ料理に気がついたのは夏バテシーズンごろだったのですが、それ以降、冷凍うどん&卵は冷凍庫に常備してあります。カップラーメンも、簡単に食べられるし温かいんだけど、やっぱりインスタント感があるのでわびしくなってしまう。その点、釜玉うどんは卵のあたたかさを感じられるのが最強です。皆様も、いざとなったらお試しください!(そんなおすすめ方法で良いのか)

 

あと、雑記とか

  • LINEのUI変わったね

1年目UXデザイナーでも「いや5つも置くか、しかもここでニュース」って思いました。

www.ogura.blog

 

ララランド見たいんだ。Awardに知ってる作品があまりなくて、自分の映画詳しくなさが分かってしまうなあ、など(洋画の俳優・女優が本当に覚えられない)

2017年 第89回 アカデミー賞特集 - 映画のことなら映画.com

  • 今月は全然ラジオ聞かなかったしジムもさぼったね

課金してるのに…ああ耳が痛い…そんなところで2月はさよならです。ごきげんよう

青森・弘前旅行①

有給明けのお仕事初めでした。先週終わらせられなかった仕事とか、頑張りきれなかった仕事とかうまく進まない仕事とかいっぱいいっぱいで、帰りに歩きながらホロリと泣いてしまった。疲れとか時期とかいろいろ原因はあるんだろうけど、こうやって仕事をして辛いと思ってしまって悶々とする。なので今日のブログは淡々と書きますね。青森旅行の振り返りです。

旅行のテーマ

・雪の帽子をかぶったあおもり犬を見る
・昔ながらの旅館に泊まる
・現実から離れてぼんやり考える時間

ざっくり日程

1日目

東京→真青森→青森→青森県立美術館三内丸山遺跡新青森弘前

2日目

弘前観光→黒石→青荷温泉

3日目

青荷温泉弘前→青森→新青森

 

泊まった宿

@弘前

www.booking.com

@黒石

www.booking.com

 

参考書籍

ガイドブックとしての参考書ではなく、青森の雰囲気を楽しむために読んだ本を紹介します。

 青森駅あたりが舞台の小説。これは三部作の二冊目らしく、一作目は弘前・三作目は八戸が舞台だそう。

青森ドロップキッカーズ (小学館文庫)

青森ドロップキッカーズ (小学館文庫)

 

 これも読みたかったけど、本屋で手に入らなかった…

 

いったんこのあたりで。続きは別日に書きます。ごきげんよう

 

青い森に行ってきました

2泊3日で青森に行ってきました。寒かった〜ご飯美味しかった〜よく歩いた〜いいとこだった!地元の人たちが、観光客の私と話す時は標準語モードに切り替えてくれてるのに、結局訛りが残っちゃってるのが可愛かった。ご飯は出て来るし、掃除はしなくていい生活、とても快適だった。そこにお金払ってるっちゃそうなんですけどね。いい週末だったので、明日からのお仕事も頑張ろう〜〜〜という気分です。ごきげんよう

おすすめで何をおすすめするか問題、あと鍛錬の大切さなど

TGIT!な気分の木曜日です。明日からは有給使って3連休一人旅やっほい。最近急に日が伸びてきましたねー。18時になっても外がうっすら明るくて、ああ冬もそろそろ終わりだな、って気持ちになります。

おすすめで何をおすすめするか問題

読みまして。

inspi-news.com

文房具好きなわたし

わたしも割に文房具好きなので、この気持ち結構分かる。個人的に一番好きなペンはこれなんですよね〜カートリッジ式のボールペン。これに、セントロペンのカートリッジインクを入れて文字を書くのが最高。若干ゴリゴリしたかき心地と、程よい太さと、あとこのペンだと自分の好きな筆跡で文字が書けるのです。ただ、このペンを飛行機に載せると大変なことになってしまうのだけが欠点なんだよな… 今まで何度やらかしたか…

エルバン ローラーボール カートリッジインク対応 スケルトン

エルバン ローラーボール カートリッジインク対応 スケルトン

 

 とかいいつつ、最初は無難にジェットストリームかSignoを話題にしますかね。一般的な「文房具」の用途を満たしつつ、取扱も多いのですぐに手に入る。価格としても高すぎず、コスパが良い。

海外旅行好きなわたし

「◯◯好きです!」って言った瞬間に(良くも悪くも)レッテルが貼られ、その結果発言しづらくなる現象。わたしの場合、海外旅行がそれに当たります。自分から海外旅行好きをアピールしている割に、行ったことがあるのは十数カ国なのでそこまで多くない。とはいえ、「おすすめの国はどこ?」と言われるのでとりあえず私はベトナムって答えています。とりあえずコスパが良いので。お金(フライト・宿代・食費)も時間も(3日とかで十分楽しめる)。食べ物も馴染みがありつつ美味しいし、景色も楽しめるし。ただ地名が難しいのが難点ですがとりあえずアルファベットなので認識はできるはず(※ミャンマーではビルマ文字が区別できず苦労した)。あと治安も悪くない。フィリピンも環境として似てるのだけど、治安が若干な…と思う。結局、相手が何を基準に良し悪しを決める人なのか分からない場合、ある程度求められるであろうアイテムを取り揃えている&それを得るためのリソースをそこまで要しない、を条件に相手の出方を伺うのが私流なんだな〜と思った。

おすすめポイントの選び方

個人的にはマレーシアの寺院とかルワンダの山の風景とか大好きなんだけど、一般受けしないんだろうな…逆に一般受けするだろうステキなホテルに私は全然引かれないんだよな…できるだけ現地感がある宿がいい。たとえ語学が完璧に通じなくとも…別におしゃれなフロントも、柔らかすぎるベッドも求めない。ビジネスホテルは一番避けたい。などなど、たぶん私が他人に理解されないであろう感じに、私も他人のこだわりを理解できないんだろうな、って思うようになりました。そんなときはバリエーションとコスパで乗り切ることにします。まるでコンビニみたいだな…

マニラのコンビニの話

今思い出した非常にどうでも良い話ですが、昔マニラのコンビニに夜遅めに行ったときのこと。お菓子を買おうと思ってレジに持っていったところ、店員さんがキャッシャーを使わずアナログに処理をしはじめました。バーコードに書かれている数字を手元のメモに手書きで転記。値段をコンビニの棚まで見に行く。やっと私の方を向いてお金の受け渡し。ちょっとお菓子買おうと思っただけなのに、レジだけで5分くらいかかって笑ってしまった。というそれだけの話しです。外国って本当に奇想天外なことがいっぱい起こるからな…思い出す度書き留めてみよう。

鍛錬の大切さ

イラスト教室で学んだこと

そんな記事を書いたヨシムラマリさんのイラスト教室に以前行ったことがあって、文房具のスケッチ方法を教えていただいた。「うまく描こうとしなくていい、ひたすらちゃんと見ること」「ちゃんと見ることができるように、毎日描くこと」という話をされていて、てっきり「このコツさえ掴めばすぐにイラストを描けるようになる!」という魔法を教えてもらえると思っていた私はちょっとがっかりした。ただ、冷静になって今までの出来事を振り返って考えると、鍛錬したからこそできるようになることってたくさんある。最終的な「できる・できない」は一瞬で判断されてしまうけど、その判断をされるまでの鍛錬が結局表現されているわけだから、勝負は一瞬でなくそこまでの人生で結果がつくのだろう。なんてことは、スポーツの世界では当たり前だし、受験勉強なんてその最たるもの。仕事も所詮日々の積み重ねでしかないし、表現力もきっとそう。勝負強さとかじゃなく、毎日それをしても苦じゃない(=それをすることに楽しみを見出している)か、目指すところを考えたら毎日取り組むことに疑いの余地がない、のどちらかにあてはまっているか、ってところがポイントなんだろうな。ちなみにイラスト教室では割に味のある絵()ができたので若干調子にのり、結局その後イラストに毎日取り組む、ってことはできていないのが現実です…ピアノ習ってたときも、練習とか乗り気じゃなかったな…

表現する術がないことに気がついた

そんなことを思いながら今日を振り返る。今日、「新人の一年振り返ってみYO」タイムをメンターの先輩と持ちました。一応事前準備として、「自分のなかでターニングポイントだった出来事を洗い出してこよう」という作業を一週間かけて云々していたものの、本当に何も出てこなかった。出てくるんだけど、自分で自分の意見を握りつぶしていた。「こんなの大したことないよ」「私じゃなくてもこれできるよ」とか独り言をいいながら。そんな状態でメンターの先輩と喋ったもんで、また泣きべそだった(ほら、またすぐ泣く…)。「やるっていったのにやる気がなくてできてない」「忙しくて後回しになったんでしょ」っていうふうに伝わってしまったんだけど、そうじゃないんだよな…と思って逆に悲しくなった泣きべそだった。

泣きべそになりながら、この一週間で打ち消し続けた自分の声を頑張って伝えてみたら、先輩はいとも鮮やかにそれをストーリーにしてくれた。エピソードをポロッと話しただけなのに、間間をうまく埋めていた。「そうそう、そういうこと思ってたんだよ!」って何度も言っちゃったけど、じゃあそれを自分で言えよ!って客観的には思う。なんでこんな一人でどうどうめぐっちゃってるんだろう…って振り返ったのが、前にも紹介した山田ズーニーさんの本にある話。

おとなの小論文教室。 (河出文庫)

おとなの小論文教室。 (河出文庫)

 

わかってるんだけど、自分とうまく紐付けられていない状態。過去の振り返り以外にも時々、説明された仕事と今から自分がする仕事が結びついていないときってある。なんでなんだろう、って思ってたけど同じような話が最終章にあった。「 自分を表現することばを持たない」状態。目の前で起こっている出来事と自分がリンクできていない状態。筆者は、この状態を見ながら「なんでなんだろう?」「人がいるのにいない」って表現していたけど、最後には「表現する術を持たないなんて、どれだけ苦しいだろう」と書いていて、見方が変わっているんだろうなと思う(ちゃんと引用したわけじゃないので語弊があるかも)。最初にこのあたりを読んだときは、何を言ってるのか全然意味がわからなかったんだけど、今なら分かる、これは私のことだ。私の抱える苦しい気持ちって、この、目の前の世界と自分にうまくリンクが貼れていない状態。その状態に至る程の自己表現ができていない状態だ。

表現する力がほしい

今日の、私のエピソードをもとに先輩がストーリーを作れた話、これは多分先輩にとって私の出来事は客観的な出来事だということがひとつ。そして、先輩は自分を伝える表現力を持っている人だ、ということがあるのだろう。イラストを描くときの話ときっと同じで、できるできないは一瞬で測るけど、そのためにかけてきた時間や労力が違うのだろう。一朝一夕で自分の思いを表現する力を身につける術はない、ということが同時に分かった。自分もそういう表現力を持ちたい、とも思った。なんか、今日の出来事を振り返って思うけど、「こうしたい」「これ嫌だ」って思うことはないでもないんだけど、「それって違うんじゃない」「そんなこと言ったら◯◯はどう思うか」っていう外野の声が私のなかで大きいのかも。ただ、その声が無意識に出てくるから、ちゃんと切り分けられるようになるのが一歩な気がする。

ブログを毎日書いてみて

などいいつつ、一ヶ月くらい毎日ブログ書いてみて、実は格段に日々の文章量が変わっているのです。ちなみにここまでざっくり4,000文字くらい。

ちょうど今年始めのブログで「私は長文を書けない」って書いていたのですが、その記事が780文字くらい。

puch0o.hatenablog.com

前提として文章を書くことにかけている時間が全然違うかもしれないとは思うものの、いま読み直すと短い記事だと思うし、もうちょっと解像度をあげられるのでは。まだまだ読みやすい文章が書けているわけではないと思うし、読み手の人をイメージなんてできていないけど、それでもこうやって解像度を上げて物事を見られるようになったのは純粋に楽しい。

最近Twitterでいい文章を見つけました。

 この捉え方、好きなのでだいじにしたい。まだもうしばらくブログ毎日更新頑張るぞ。

ということで

最近、自分が自分自身の人生を見るとき、傍観者みたいになってるなって思った。ちゃんと自分を主語にできるようになりたいですね。とかとか思いつつ、おやすみなさい。ごきげんよう

眠すぎて何も考えられないはなし

水曜だというのにとても眠い。原因はわかっている。昨日の寝不足。

独り暮らしをはじめてから、自分に無理がきかなくなった。今まで「自分は朝に弱い」と思っていたけど、全然そんなことなくてただ寝不足なだけだった。ご飯を食べたくてもご飯を作らないといけないことを知った。部屋は勝手に片付かないから、自分で片付けないといけないことを知った。寒い時は暖房をかけないと力は出ないし、暑い時はクーラーをかけないとうだってしまうことも知った。自分から動かないと、一日しゃべらないで過ごすことだってありえると知った。悲しい気持ちになったとき、自分ひとりで気持ちを晴らすことって簡単じゃないと知った。楽しいことがあっても、一人で独り占めしちゃうのってもったいないって知った。お金さえあればとりあえず生きることはできるのかもしれない、って思った。人が一人で生きるのは良くない、って昔神様がいったとかなんとか。お互い手探りだったメンバーたちが、やっとチームという形になって面白くなってきたと思っていたのに、そこに穴があいてしまうのってさみしいなあと思っている。穴はしばらく穴として存在するけど、ずっとあるわけじゃなくてそのうち何かが穴をうめてしまう。それがうれしいこともあるけど、かなしいときもあり、きっと無我夢中で過ごした日々をふと振り返るとそんなことになっちゃってるんだろうな、って思ってとっても眠いなう。

ほぼ日刊イトイ新聞 - ヤオモテ、OK

気がつけば2月もラストスパートだぞ。おやすみなさい。

限界が来ても、別の世界を持っていること

2月という中途半端な時期だけど、今週末は3連休にして一人旅をするぞ、と企てている。3連休って、海外旅行には短いし国内旅行かな〜と思ったのでまったり構えていたのだけど、宿やら交通手段やら、そもそもの下準備やらに時間を割けていなくて今さら焦っています。でもこうやって普段と違うことを考えられる時間があると、意外とそっちに集中力を切り替えられて頭がすっきりすることに気が付きました。気がつけばガイドブックとか見ないでインターネットを頼りに旅行をするようになっているのですが、海外旅行に比べて国内旅行って情報が手に入らなさすぎて歯がゆいですね。海外の情報はかっこいいからブログに書きたくなるし、言語の壁があるからある程度なんでも書けるけど、国内ってそうもいかないんだろうな…などなど思っています。いつもそんなブログたちに助けられて旅行をしているタイプなので、今回の旅行が終わったら私も情報をまとめて発信しても良いかな。

話は変わりまして、こちらを読みまして。

note.mu

私も比較的「消えてしまう人」だったので、この話を見ながらいろいろと思い出してしまう記憶がある。「誘われたことは断らない」「やらないよりやってみる」をモットーにしばらく生きていた結果、自分がそこまでやりたくないことに首を突っ込んでみたり、誘ってもらって入ったチームに期待されることに自分が応えきれずやめてしまったり。今の自分も、身の回りの環境や自分にかかっている負荷をちゃんと測れているといえないので、また急に限度を越えて消えてしまうこともあるかもしれない。とも思いつつ、そういうときの自分を振り返って状況を言語化すると「つらいと思っているんだけど、そのつらさを言語化できず、その思いを他人に共有することができず、吐き出し先がなくなった結果、存在を消すという選択肢しかないように思える」という感覚のように思います。辛いと思っていても、その辛さを何かしらの形で発散してしまえば、その辛さからは一旦気をそらすことができる。辛い環境にあるとわかっていれば、逆に辛くない環境ってどこにあるのか、を考えることもできる。

でも、それが叶わないときに待っているのは、辛さを覆い隠し日々を過ごした結果、思いのやり場がなく全てを放り出してしまうこと。「消えない」人はきっと消えないで済む方法を知っているから消えずに今までこれているし、なんでそんな行動を取ってしまうのか意味がわからないんだと思う。私も正直自分が元気なときは全然共感できない。元気じゃないときは、しょっちゅう消えたい気持ちになっている。そんな気持ちになるけど、その「消えた」あとに待っている世界は逆にじわじわと厳しくて、存在を消した先のコミュニティに踏み入れることはとても難しくて、そんな選択をとってしまった過去の自分に後悔を抱えてしまう。この悔しさを知ってから、「やらない後悔よりやる後悔」というモットーはそのまま、でも「辛いと思ったらちゃんと辛いって言う」を新しくルールに足して今のところ数年間過ごしています。辛かったら「つらい〜〜〜」って叫ぶ。職場でも冗談ぽく叫びまわっている。迷惑な新人である。笑

今回旅行の準備をしながら、私にとっての旅行は「今の自分からの逃避」であるものの、一つの「限界」の外にある世界なのかもしれない、と思いました。そういう意味で、世界を同時並行で複数持っていることって大切なのかもしれない。ひとつの世界(例えば仕事)で限界を迎えていても、もうひとつ(例えば旅行。誰かにとっては家庭。副業先や趣味の世界もあるかもしれない)でも同時に限界を迎えることは確率として低くて、そうやって自分のバランスを保つことに意識的であることもひとつの今後をうまく生きる手段かもしれない。っていうことを、学生時代に社会人の先輩から聞いたなあとふと思い出しました。

なにはともあれ「消える」のは、自分にとっても周りにとっても幸せでないのだよな。今の自分が精神衛生的に元気だから言えるけど。などなど。あと2日働いたら旅行なのでがんばろう。ごきげんよう

ホタルイカで春を思い出すはなし

数日ぶりに暖かくなったと思ったら、花粉は猛威をふるいはじめるし(くしゃみと涙が止まらない)、急に仲の良い先輩が退職するっていう話を聞いてしまうし、春ですね。

小さい頃から新しい物好きの私は、新しい出会いもあるし色んな新品が手に入る春が大好きでした。中1まで「春=ステキなもの」と信じてやまなかったのに、中2になって最初の国語の授業で、世の中みんながみんな、春になると幸せになるわけではないらしいと聞いて割に衝撃を受けました。

詩「春に」

春ってエネルギーを与えてくれるけど、それが必ずしもプラスのエネルギーではなく、悲しみや寂しさなどマイナスの方向にも向かっているのでは、というのが当時の国語の先生のお話でした。未だに全て飲み込みきれているわけではないものの、「自分と人が同じものを見て違う感性を持ちうる」ということは20数年かけてようやく、じわじわ分かってきているような気もします。どうしても、自分のなかに存在する「ある程度想像の範囲内に収まる他人のパターン」をもとに他人を見たり自分の動きを見たりしがちで、そこから脱却したいなというのが最近仕事をしながら思う。毎日帰宅後にブログを書いているせいでこういう内省的なことばかり書いててバリエーションがないなあ自分・・・とりあえず、身体の調子的にも精神的にも冴えない気持ちになりつつ、これが春の訪れに感じられている自分の受け取り方の変化に、興味深さを感じているところです。

 

完全に話は変わるのですが、先週いっぱいイカが食べたくて食べたくてどうしようもない衝動にかられてしまい、週末に普段と違うスーパーまで遠征しました(最寄りのスーパーは海鮮系のラインナップが貧弱…)。そして見つけてしまったのですホタルイカ。一昨年も思っていたのですが、東京で売られているホタルイカって小さくないですか、私の地元(兵庫県)では物価のせいか立地のせいか、もっと安くたくさん大粒のものが手に入るのですが…など小言をいいつつ買って食べちゃいましたホタルイカ。こうやって季節を感じる食材が割と好きです。春は少しエグみのあるものを食べて身体の毒素を出すんだよ、という教えのもと、幼少期から春はつくし採集に駆り出されていました。ああ〜菜の花の辛子和えとか食べたい気分になってきた。そんなことを思っていたら、ベタに春を感じる曲が聞きたくなりました。

www.youtube.com

 

そしてそして。私と同じく、はせさんにブログで言及してもらった話をさきほど読んで「良いな〜」と思いました。袖振り合うも多少の縁かしら、と思って紹介します。わたしも自分が書いたものについての感想を読んで、ほんのり温かい気持ちになったし、サムネイルに表示されている「桜色」の気持ちってすごく分かる。小さな瓶、っていう表現もすてき。こうやって水平に世界が広がっていくのがインターネットの面白いところ(って最近読んだ本 / インターネット的 (PHP文庫) に書いてあった、私もそうおもう)!ミスチルの「彩り」みたいにまわりまわるのですね。ちなみに私の場合、はせさんのブログを読んでいるとなんだか自己肯定感をもらえるし、同時に他人のことをもっと大切にできるひとになりたいとも思う〜

majyonan.hatenadiary.com

 

さて、ご飯も炊きあがったので昨日作ったイカ大根を食べようと思います。今日もだらだら書いてしまった。明日はお天気になるとよいですね、ごきげんよう