月曜日。明日使わないといけないプレゼン資料があるが、夏休みの宿題はギリギリ間に合わせるマンことわたし、本来の提出をぶっちぎってまだ50点版の資料である。やりたくない仕事があるときは起きられないのがわたしの常なのに、今日は普段どおりの時間にばっちり目が覚めた。「業務開始時間までは憂鬱な気持ちにのまれてたまるか!」と、朝ごはんを食べて、でもやっぱり仕事に取りかかりたくなくて、ベッドに入ってTwitterを見たりデイリーポータルZを読んだりしているうちに二度寝してしまった。わたしの「取りかかりづらい仕事をしたくないときあるあるルーティン」である。
業務開始時間になってしまったので、やむなく苦手な作業に取りかかった。やってみると作業は進み意外と集中してしまうもので、気がついたらいつも昼ご飯を食べる時間を過ぎていた。ご飯を準備する手間もめんどうで、冷凍うどんをチンしてバターと生卵とだし醤油を混ぜて食べる釜玉バターうどんを昼ご飯に食べる。一応栄養は取れるが、カロリーも栄養素もおそらく不足しているこのメニュー、わたしが食事に心を割く余裕がないときにしか発動しないものなので、つまり今はそういう状態なんだなと自覚する。
ご飯を食べて、集中力を使い果たす前に一度気分転換しようと思い、2週間前にクリーニングに出したワンピースを取りに外出。11月のはずなのにポカポカ暖かいので驚いて手元のスマホで天気予報を見ると、最高気温は20度を超えているようだった。服装が難しい日々だけど、これは予想外過ぎる。まるで春の陽だまり。ポカポカした気持ちでクリーニング屋についたら、入口に看板があり嫌な予感。予感はあたり、ちょうどお昼休憩の時間にかぶってしまったらしい。初めてお願いするクリーニング店なので、勝手が分からずやらかしてしまった。目的を果たせないまますごすごと帰宅。
作業の続きを少し進めて、再度クリーニング店にリベンジ。今度は不穏な様子もなく、すんなりと服を受け取れた。お店のBGMにうっすらクリスマスソングが流れていることに気づき、ついにクリスマスを五感で感じた。2週間前くらいから、街にクリスマスの気配を感じ始めていたけど、クリスマスソングを聞くのはおそらく今年初である。と思ったがそんなことないことに即座に気づく。このあいだケンタッキーで柚子胡椒チキンを食べたとき、もうクリスマスを思わせる曲が流れていて、さすがケンタッキーはクリスマスへのモチベーションが一段違う…!と思ったのであった。
仕事にエネルギーを吸われ、いつも通りの時間に業務を終えて晩ご飯を準備。本当はスパイスカレーを作りたかったところ、玉ねぎを10分とか炒める元気がないので、似たような具材でできるエスニック風カレーを作ることにした。トムヤムクン用に買ったココナッツミルクを使い切りたいのである。カレー粉とココナッツミルクとナンプラーの意外な組み合わせに驚いたが、特に違和感のない仕上がりになった。昼に続き、身体が栄養摂取に積極的でないようで、なかなかご飯を食べ進まないが頑張って食べる。ストレスがかかるとご飯を食べなくなってしまう体質で、今回こんなにご飯を食べれなくなるなんて、自分が思っているよりストレスを感じているようだな?と気づきを得る。ただ、こういうときにご飯をサボって何度か体調を崩したことがあるので、理性の力でご飯を食べた。ご飯を食べたら全てのやる気が消滅してしまい、食器を洗うこともできない。なんだかソワソワするので、本棚にあった「さみしい夜にはペンを持て」を読む。前に読んだときと心象が違うのは、こうやって自分が日記を書き始めたからか。疲れていても本は読める不思議である。
とりあえず何か前に進めていかねば。やる気が出ないのは身体が冷えているせいかと思い、お風呂に入った。寒い時期に生命エネルギーが枯渇したときあるある、お風呂に入っている間にどんどんお湯が冷めて出るに出られなくなるやつを今シーズン初めてやった。頭を洗う気力も、身体を洗う元気もなく、とりあえずお風呂から出て水気をタオルで拭いて、そのままベッドへ。疲れているのかなーと思ったけど布団に入っても寝れず、ソワソワしてしまう。「さみしい夜にはペンを持て」を読み切った。心のスケッチ、まさにこうやって日記を書き続けることで何か発見があるのかもしれない。
どうしようもないのでTwitterを見ていたら、オードリー若林のキューバ旅行記の本をオススメするツイートが流れてきた。前にkindleで買って読んだ気がするな…と思い探してみると、やはりkindleに入っていた。どうせ寝れないので読んでみる。この本も、前読んだときより俄然面白い。自分が日記を書き始めたせいか、若林の言葉選びの巧みさを感じる。ここにこのフレーズを挟むことでこんな効果があるのか!とか、この言葉選びは自分にはできないな、とか発見が多かった。
例えば
「タクシーを降りると、太陽の照り返しに手荒い歓迎を受ける。」という表現。手荒い歓迎、というフレーズが、喜ばしくなさと初めての土地に行く喜びを足して2で割るような表現で面白い。
「こういう場所を見たことがないので喩えようがないが、「だだっ広い屋外駐車場」といったところか。うーん。急にチープになるな。」という表現も、チープと分かりながらその表現をしているし、その表現に納得していないことも伝わってくる。キューバから帰国して羽田に飛行機で戻って来るところの表現も、近づいてくる現実と、その現実から飛び出したい気持ちの表現がうまくて、映画のワンシーンにできそうだった。
既に読んだはずの文章で、ところどころエピソードの香りだけ覚えているけど9割くらい初見の気持ちで面白く読んでいたら、モンゴルの旅行記も本の中におさめられていた。前に行ったときはモンゴル未踏だったので、今回は個々のエピソードに共感を覚えながら読んだ。
個人的に面白かったフレーズは「日本に帰る飛行機に乗るためにモンゴルの空港で搭乗時間を待っていた。 ちなみにロビーにあった世界各地の時間を表す壁掛け時計は全て時間がくるっていた。」というところ。すごくモンゴルらしさを感じるフレーズだった。わたしもウランバートルの空港で、世界の時間を示す時計を見た記憶はあるけど、時間が合っているのかどうか確認しなかった。それをちゃっかり確認しているところに若林の観察眼の鋭さを感じた。
そんな感じで本を読んでいたら、さすがに眠くなって寝た。