おいしさはやさしさ

社会人になりました

複雑な日なんだからフグを食べよう

ステキな花金に愉快な会社のメンバーで河豚を食べに行きました。前々から予定はしていたものの、私のメンターの先輩がタイトルどおり愉快なフレーズを言っていて楽しくなりました。

席が近いだけの所属も担当領域もバラバラな人たち5人の仲間に入れていただいて、悪意のない楽しい飲み会を過ごして楽しかったな〜。隣の隣の部署の人に「こんな娘だったらほしいよね」「メンターの先輩との組み合わせ、めっちゃいいよね」って言っていただけて、なんだかいろいろ許されたような気持ちになった。直接利害関係がないから、そういったふんわりした感想を持てるのかもしれない、とも思いつつ、こうやって自分の存在を見ている人がいてくれると思うと少し生きやすさもあります。

とかとか思いながら鼻歌歌ってたら、はせおやさいさんにブログで言及していただいるのに帰路で気づき、はあこんな日もあるもんですね、って思っている酔っぱらいな気分です。

hase0831.hatenablog.jp

自分の思ったことを他人にちゃんと届けられる人になりたいとは思っていたものの、こんなにすぐに書き手に届くと思わなかった。びっくりしつつ嬉しい気持ちです。なんの推敲もせず、ざーっと書いた雑な文章が人に読まれているのに今さら気がついて恥ずかしさもあります(とはいえ酔っぱらいなので今日はこのまま書きます)。

悔しがれる人は伸びる、と思っているので、応援しています!

 応援ありがとうございます!!冷静に考えて、悔しさって自分への期待の裏返しになっているのではないかと思います。自分はもっとできると自分で思っているのに、そのラインに至れていない自分を見つけて不甲斐ない気持ちになるんだろうな。最近「自分ってイケてないな」と時々思ってしまって、それもきっと「自分がありたい自分、あるべきだと思っている自分」と実際の自分に乖離があって生まれている現象によるもののようです。「自分は今のまま仕事をやっていれば良い評価をもらえる」「自分は頭がいいから努力なんてしなくても十分」「ありのままの私は魅力的なので、そのままでいれば誰かが見つけてくれる」なんてなんて。運もあるだろうけど、その運を高める努力はできていないし、そもそも他人から自分がよく見えると期待しすぎているのでは?って思って、結局「悔しさ」にぶち当たります。その壁を越えるのは自助努力かもしれないし、他人に頼って初めて越えられる壁なのかもしれない。勢いをつけたら意外に越えられるものかもしれない。「たら」「れば」に縛られれずに、自分の人生は自分が責任を持つというアタリマエのことができていないのが今の自分です。さてどうやって越えたものか!

ここまでの話とは全然関係ないのですが、今日ディック・ブルーナが逝去されたとのことで、私の子供時代も一つ終わりを迎えたようです。ふと忘れかけた頃に永遠が永遠でないと気付かされます。明日は久しぶりに本屋さんの絵本コーナーに行こうかな。

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みなさま、よい週末をお過ごしください!