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おいしさはやさしさ

社会人になりました

おすすめで何をおすすめするか問題、あと鍛錬の大切さなど

TGIT!な気分の木曜日です。明日からは有給使って3連休一人旅やっほい。最近急に日が伸びてきましたねー。18時になっても外がうっすら明るくて、ああ冬もそろそろ終わりだな、って気持ちになります。

おすすめで何をおすすめするか問題

読みまして。

inspi-news.com

文房具好きなわたし

わたしも割に文房具好きなので、この気持ち結構分かる。個人的に一番好きなペンはこれなんですよね〜カートリッジ式のボールペン。これに、セントロペンのカートリッジインクを入れて文字を書くのが最高。若干ゴリゴリしたかき心地と、程よい太さと、あとこのペンだと自分の好きな筆跡で文字が書けるのです。ただ、このペンを飛行機に載せると大変なことになってしまうのだけが欠点なんだよな… 今まで何度やらかしたか…

エルバン ローラーボール カートリッジインク対応 スケルトン

エルバン ローラーボール カートリッジインク対応 スケルトン

 

 とかいいつつ、最初は無難にジェットストリームかSignoを話題にしますかね。一般的な「文房具」の用途を満たしつつ、取扱も多いのですぐに手に入る。価格としても高すぎず、コスパが良い。

海外旅行好きなわたし

「◯◯好きです!」って言った瞬間に(良くも悪くも)レッテルが貼られ、その結果発言しづらくなる現象。わたしの場合、海外旅行がそれに当たります。自分から海外旅行好きをアピールしている割に、行ったことがあるのは十数カ国なのでそこまで多くない。とはいえ、「おすすめの国はどこ?」と言われるのでとりあえず私はベトナムって答えています。とりあえずコスパが良いので。お金(フライト・宿代・食費)も時間も(3日とかで十分楽しめる)。食べ物も馴染みがありつつ美味しいし、景色も楽しめるし。ただ地名が難しいのが難点ですがとりあえずアルファベットなので認識はできるはず(※ミャンマーではビルマ文字が区別できず苦労した)。あと治安も悪くない。フィリピンも環境として似てるのだけど、治安が若干な…と思う。結局、相手が何を基準に良し悪しを決める人なのか分からない場合、ある程度求められるであろうアイテムを取り揃えている&それを得るためのリソースをそこまで要しない、を条件に相手の出方を伺うのが私流なんだな〜と思った。

おすすめポイントの選び方

個人的にはマレーシアの寺院とかルワンダの山の風景とか大好きなんだけど、一般受けしないんだろうな…逆に一般受けするだろうステキなホテルに私は全然引かれないんだよな…できるだけ現地感がある宿がいい。たとえ語学が完璧に通じなくとも…別におしゃれなフロントも、柔らかすぎるベッドも求めない。ビジネスホテルは一番避けたい。などなど、たぶん私が他人に理解されないであろう感じに、私も他人のこだわりを理解できないんだろうな、って思うようになりました。そんなときはバリエーションとコスパで乗り切ることにします。まるでコンビニみたいだな…

マニラのコンビニの話

今思い出した非常にどうでも良い話ですが、昔マニラのコンビニに夜遅めに行ったときのこと。お菓子を買おうと思ってレジに持っていったところ、店員さんがキャッシャーを使わずアナログに処理をしはじめました。バーコードに書かれている数字を手元のメモに手書きで転記。値段をコンビニの棚まで見に行く。やっと私の方を向いてお金の受け渡し。ちょっとお菓子買おうと思っただけなのに、レジだけで5分くらいかかって笑ってしまった。というそれだけの話しです。外国って本当に奇想天外なことがいっぱい起こるからな…思い出す度書き留めてみよう。

鍛錬の大切さ

イラスト教室で学んだこと

そんな記事を書いたヨシムラマリさんのイラスト教室に以前行ったことがあって、文房具のスケッチ方法を教えていただいた。「うまく描こうとしなくていい、ひたすらちゃんと見ること」「ちゃんと見ることができるように、毎日描くこと」という話をされていて、てっきり「このコツさえ掴めばすぐにイラストを描けるようになる!」という魔法を教えてもらえると思っていた私はちょっとがっかりした。ただ、冷静になって今までの出来事を振り返って考えると、鍛錬したからこそできるようになることってたくさんある。最終的な「できる・できない」は一瞬で判断されてしまうけど、その判断をされるまでの鍛錬が結局表現されているわけだから、勝負は一瞬でなくそこまでの人生で結果がつくのだろう。なんてことは、スポーツの世界では当たり前だし、受験勉強なんてその最たるもの。仕事も所詮日々の積み重ねでしかないし、表現力もきっとそう。勝負強さとかじゃなく、毎日それをしても苦じゃない(=それをすることに楽しみを見出している)か、目指すところを考えたら毎日取り組むことに疑いの余地がない、のどちらかにあてはまっているか、ってところがポイントなんだろうな。ちなみにイラスト教室では割に味のある絵()ができたので若干調子にのり、結局その後イラストに毎日取り組む、ってことはできていないのが現実です…ピアノ習ってたときも、練習とか乗り気じゃなかったな…

表現する術がないことに気がついた

そんなことを思いながら今日を振り返る。今日、「新人の一年振り返ってみYO」タイムをメンターの先輩と持ちました。一応事前準備として、「自分のなかでターニングポイントだった出来事を洗い出してこよう」という作業を一週間かけて云々していたものの、本当に何も出てこなかった。出てくるんだけど、自分で自分の意見を握りつぶしていた。「こんなの大したことないよ」「私じゃなくてもこれできるよ」とか独り言をいいながら。そんな状態でメンターの先輩と喋ったもんで、また泣きべそだった(ほら、またすぐ泣く…)。「やるっていったのにやる気がなくてできてない」「忙しくて後回しになったんでしょ」っていうふうに伝わってしまったんだけど、そうじゃないんだよな…と思って逆に悲しくなった泣きべそだった。

泣きべそになりながら、この一週間で打ち消し続けた自分の声を頑張って伝えてみたら、先輩はいとも鮮やかにそれをストーリーにしてくれた。エピソードをポロッと話しただけなのに、間間をうまく埋めていた。「そうそう、そういうこと思ってたんだよ!」って何度も言っちゃったけど、じゃあそれを自分で言えよ!って客観的には思う。なんでこんな一人でどうどうめぐっちゃってるんだろう…って振り返ったのが、前にも紹介した山田ズーニーさんの本にある話。

おとなの小論文教室。 (河出文庫)

おとなの小論文教室。 (河出文庫)

 

わかってるんだけど、自分とうまく紐付けられていない状態。過去の振り返り以外にも時々、説明された仕事と今から自分がする仕事が結びついていないときってある。なんでなんだろう、って思ってたけど同じような話が最終章にあった。「 自分を表現することばを持たない」状態。目の前で起こっている出来事と自分がリンクできていない状態。筆者は、この状態を見ながら「なんでなんだろう?」「人がいるのにいない」って表現していたけど、最後には「表現する術を持たないなんて、どれだけ苦しいだろう」と書いていて、見方が変わっているんだろうなと思う(ちゃんと引用したわけじゃないので語弊があるかも)。最初にこのあたりを読んだときは、何を言ってるのか全然意味がわからなかったんだけど、今なら分かる、これは私のことだ。私の抱える苦しい気持ちって、この、目の前の世界と自分にうまくリンクが貼れていない状態。その状態に至る程の自己表現ができていない状態だ。

表現する力がほしい

今日の、私のエピソードをもとに先輩がストーリーを作れた話、これは多分先輩にとって私の出来事は客観的な出来事だということがひとつ。そして、先輩は自分を伝える表現力を持っている人だ、ということがあるのだろう。イラストを描くときの話ときっと同じで、できるできないは一瞬で測るけど、そのためにかけてきた時間や労力が違うのだろう。一朝一夕で自分の思いを表現する力を身につける術はない、ということが同時に分かった。自分もそういう表現力を持ちたい、とも思った。なんか、今日の出来事を振り返って思うけど、「こうしたい」「これ嫌だ」って思うことはないでもないんだけど、「それって違うんじゃない」「そんなこと言ったら◯◯はどう思うか」っていう外野の声が私のなかで大きいのかも。ただ、その声が無意識に出てくるから、ちゃんと切り分けられるようになるのが一歩な気がする。

ブログを毎日書いてみて

などいいつつ、一ヶ月くらい毎日ブログ書いてみて、実は格段に日々の文章量が変わっているのです。ちなみにここまでざっくり4,000文字くらい。

ちょうど今年始めのブログで「私は長文を書けない」って書いていたのですが、その記事が780文字くらい。

puch0o.hatenablog.com

前提として文章を書くことにかけている時間が全然違うかもしれないとは思うものの、いま読み直すと短い記事だと思うし、もうちょっと解像度をあげられるのでは。まだまだ読みやすい文章が書けているわけではないと思うし、読み手の人をイメージなんてできていないけど、それでもこうやって解像度を上げて物事を見られるようになったのは純粋に楽しい。

最近Twitterでいい文章を見つけました。

 この捉え方、好きなのでだいじにしたい。まだもうしばらくブログ毎日更新頑張るぞ。

ということで

最近、自分が自分自身の人生を見るとき、傍観者みたいになってるなって思った。ちゃんと自分を主語にできるようになりたいですね。とかとか思いつつ、おやすみなさい。ごきげんよう