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おいしさはやさしさ

社会人になりました

熱が出たりすると気づくんだ

そういえば私も中3の頃バンプにドハマリしていました。orbital periodを毎日聞いていた。

病気になると、一日寝込んで今までのいろんなことをおぼろげに振り返ってしまいます。起きていても対してすることもなくぼんやりしているのですが、なんとなくテレビをつけて、なんとなくNHKを一日中見てしまう。毎日せわしなく過ごしているけど、たまにはこんな過ごし方もいいじゃない、という気持ちです。週末はゆるっと休む!

風邪だ

昨日「自分を大切に」って思った直後に絶賛体調崩してる。朝から変な咳が出るなーと思い、むやみやたらに泣いちゃうなーと思い、夕方に山を越えたら急に頭痛やら寒気やら。病院嫌いなんだけど、社会人だからそうも言ってられず、帰りによってきた。今のとこただの体調不良ですね、って言われたけどしんどいよぅ。

病院の待ち時間、暇だからしいたけ占い見てたら、ちょうどそれっぽいこと書いてあって笑っちゃった。

http://voguegirl.jp/horoscope/shitake/gemini/20170306/

わたしは周りの人みたいに体力あるわけじゃないから、こつこつ頑張らなきゃね。それが何のためにどこを頑張ってるのか分かんなくなってるのが最近だけど。今日は早く寝て、できたら明日は元気に過ごそう。ごきげんよう

自分をいちばん大切にできるのは自分

火曜日ですね。まだ火曜だということが信じられないくらい今週の疲弊感すごいです。急に冬みたいな寒さに襲われるし!ということで今日はさっくり。

読みまして。

www.dokodeneru.com

私自身、人の顔色を伺いがちで、それに加えてわかってちゃんなのでいろいろと身につまされることがある。自分が気持ちよく過ごせる条件は自分が知るべき。と思って最近思いの言語化の練習をしている。自分探しってかっこ悪いけど、分かる人には自明すぎてアホらしいんだろうな。って思いながら毎日ブログ書いてる。今日、仕事で半年を振り返る書類を書いていて、「今後について」という自由記述欄があって、「ああここを自分で埋めるのが私のすべきことなのか」と思いを新たにした。今まで、人生においてこの欄は私以外の誰かが埋めてくれて、そのレールに乗って今まで生きていた。だから「よしなに私の道を決めて」なんていう分かってちゃんになっちゃうんだ。悔しいなあ自分の道を自分で決められない自分のあり方に。

 

SWITCH Vol.35 No.3 ほぼ糸井重里

SWITCH Vol.35 No.3 ほぼ糸井重里

 

 こないだ買ったこれをちまちま読んでいる。始めから読み進めているのだけど、さっそくテーマが「信用」についてだった。一年目、仕事をしていてできないこといっぱいあるし及第点にたぶん至ってないし、最近つらいよ〜ってなる。でも、最近冷静に考えると、一年目からそれが全てこなせていたら新人期間なんていらないわけだし、できないのは仕方ないんだろう。そうなったときに、一年目の姿勢として求められているのは信頼とか愛嬌とか、とりあえず「やる気はちゃんとあるらしい」って伝えることなんだろうな。ただ、この「やる気を伝える」って難しくて、それを労働時間でしか示せず最近文字通り朝から晩まで会社にいる。家に帰って、適当な晩御飯を食べて(たまに抜かして)、お風呂に入って一日振り返って寝て終わり、翌朝も起きてご飯食べるか食べずで家を出て…って生活。とりあえず睡眠時間だけはちゃんと取るようにしているけど、「私が機嫌よく過ごせる」条件に、家である程度の時間を過ごす、というのがあるので正直今の生活って全然自分を大切にできていないんだと思う。良くないなあ。周りの人たちも割と遅くまで働きがちなので、ちゃんと帰れるように雰囲気づくりや主張をしなきゃなんだろうな。など思いました。

明日も寒いみたいですが、体調を崩さず過ごせますように。ごきげんよう

青森・弘前旅行⑤

 前回の続きです。

puch0o.hatenablog.com

 

2日目続きからです。

弘前の教会巡り

弘前観光館を越えて、そのままずんずん歩くと教会のあるエリアにたどり着く。日本基督教団の教会(プロテスタント)・カトリック教会の2つを周ったのですが、どちらも心穏やかになれる場所でした。なんだか地元の教会を思い出す雰囲気でした。日当たりもちょうど良くて、神様とゆっくりお話したくなった。といっても私はクリスチャンではなく、キリスト教になじみが深いだけなのだけど。昔から残っている建物だそう。畳敷の教会というのもなかなか和洋折衷スタイルで、ああ日本だな、と思った。

https://www.instagram.com/p/BQ69XALg9p5/

#ステンドグラス #りんご #岩木山

教会から駅に戻ろうと思い、バスを探したけれどバス停が見当たらなかったので結局駅まで歩いた。徒歩で15分ほど。歩けなくもない。

弘前→黒石

弘前駅で「津軽フリーパス」を購入。これを買うと、2日間津軽エリアの公共交通機関が乗り放題になるという便利なきっぷです。これを手に弘南鉄道に乗り、黒石に向かいました。1時間に2本の電車を駅の外で待ち、発車5分前に改札が開くというスタイルでした。30分ほど電車に揺られるのですが、意外に電車のスピードが出るので驚いた。ワンマン電車なので、小さい駅では一番前のドアからしか降りられず、慣れていないのでちょっとドキドキした。車窓はひたすら雪景色です。雪国で育ったわけではないものの、電車の田舎っぽさから、なんだか地元の電車を思い出しました。足元がぬくぬくして、駅と駅の間も結構長くて、うつらうつらしてしまった。

黒石めぐり

弘南鉄道を終点まで乗り、黒石駅に着きました。改札のところで駅員さんが一人ひとりの切符を見ていて、都会と違う人の温かみを感じました。路線の終点である、こういう場所って駅前が栄えている感じ…と思いきや、駅前はただのロータリー。観光エリアもあるにはあるのですが、道が雪に埋もれていて何も見えない…そして観光客っぽい人が全然いない。実に心細かったです。雪も吹きすさぶ中、頑張ってGoogle Mapsを頼りにこみせ商店街にたどり着きました。未だに駅から商店街への理想的なルートが分からない…

つゆ焼きそば

こみせ商店街をざっと端から端まで歩いたところ、黒石の名物らしい「つゆ焼きそば」のお店があったので入ってみました。お店の中にはぴったんこカンカンのサインもあったので、多分テレビに出たらしい。つゆ焼きそばというのは文字通り、スープに入った焼きそばで、麺は珍しくうどん麺が使われています。ひたすら予想どおりの味だけど、たしかにあえてこのスタイルの焼きそばを食べることもないので、旅行の味だなあという気分です。

昼食を済ませて、1時間後のバスの時間までこみせ商店街をうろうろ。「松の湯」は昔ながらの銭湯を保存しているコミュニティスペース。酒造もあって、試飲もさせてくださいました。商店街は結構鄙びている感じでぜんぜん人がいなかったのだけど、少し小道に入ったら昭和の香りがする雰囲気で良かった。ときどき現れる「未来の黒石」という看板を見かけ、昔この地域が朝ドラの舞台になったのか、そのころ地域おこしをしようとしてなんとも言えない感じになったんだろうな…と思ってしまった。観光をするより、散歩をするのに良い街だ。と思いつつ、バス停でバスを待つ。

黒石→(路線バス)→虹の湖

1時間に一本のバスに乗り、40分ほど揺られて終点の虹の湖を目指す。途中にも温泉エリアがあったので、このあたりは掘ったら何か出るエリアのようです。このあたりもひたすら雪まみれなのですが、昔ながらっぽい家の屋根が面白い形をしていた。調べてみたところ、越屋根というそうです。きっとこのあたりでは当たり前のスタイルなんだろうけど、外者から見たらそんな違いが面白くて、でもうまく取り上げられないのが日本の観光地スタイルだな…と思いました。バスも結構な勢いでびゅんびゅん飛ばしながら、終点の虹の湖へ。

虹の湖→(送迎バス)→青荷温泉

虹の湖で青荷温泉の送迎バスに乗り換えて、また30分ほど揺られます。意外にバスが満員になって驚いた。物好きがいるもんだな〜(自分も含む)。マイクロバスに乗ってひたすら雪山を越える。登って、降りる。山を2つほど越えると温泉に到着です。毎日ここまで送迎してるのすごいなって思った。夏は自家用車でも来れるだろうけど、冬は絶対ムリですよ。

湯巡り

温泉に着いたらまずは部屋に通されて、18時スタートの夕食までご自由に。というかこの宿のテーマはご自由に。ご飯以外何にも決められていなくて、布団を引くのもセルフサービス。こういうスタイル好きです。4種類のお風呂があるのでとりあえず全部入ってみた。露天風呂があるのですが、ここは男女混浴だそう。抵抗のある方は17-18時が女性専用になるので、という話だったのでその時間帯にしました。どのお風呂もあつすぎることなく、個人的にはちょうど良い感じで良かった。夕方という時間帯なので、のんびりしているとだんだん薄暗くなってきて風情がある。この宿の別名はランプの宿、といって全ての明かりがアルコールランプであるのが特徴です。

https://www.instagram.com/p/BQ-MpmuA8AK/

電気もネットもない世界🔥#っていうのをSNSにあげてるネット依存症 #ランプの宿 #青荷温泉 #青森 #黒石

お風呂にある明かりも例にもれずランプなので、だんだん視界が狭まってくるのが現代にはない感覚のように感じられた。6時になったら日が暮れちゃうんだもの、昔の人はそりゃ早寝早起きになりますよね。

夕食

夕食は広間に集まって食べるスタイルなのですが、郷土料理を取り揃えていてほっこりした。ご飯・けの汁がおかわり自由で、もりもり食べてしまいました。こういうときくらいしっかり食べないと!ご飯の途中に、宿のおじさんがメニューの解説をしてくださったのですが、ちょいちょい笑いを挟んできて可愛かった。時々、完全な津軽弁でお話されるのがまったく聞き取れなくて笑った。イワナフキノトウなど、普段なら食べられないようなものも出てきて自然を感じました。鍋も、なかなかいつもと違う味だと思ったら、やはり鴨鍋。日本酒をちびちび、夕食を楽しみました。

ご飯のあとはお風呂ちょっと入って21時頃にすぐ寝た。そんな青森旅行2日目でした。

続きはまた後日。ごきげんよう

アートな週末

東京のいいところに、芸術との距離の近さがあると思います。ということで本日はアート系3本立ての日曜日でした。どれも刺激的だったので、さらっとご紹介。

草間彌生

kusama2017.jp

草間彌生といえば水玉のかぼちゃの人で、直島へは行きそびれたまま関西から出てきてしまいました。以前、2012年にも展覧会があって大阪で行った記憶があるのですが、そのときとは印象が異なっていて、その変化が面白かったです。作風やテーマが変わったのか、受け取り手の私の気持ちが違うからか。前回は、赤と黒の水玉にひたすら圧倒されて、狂気のようなエネルギーの印象が強く疲れてしまった。なんとなく悲鳴のような作品だ、という印象だったように思います。今回は、最初の絵から明るさを感じ、広間に一面にかかる絵は生きる活力を感じました。絵を観て私が抱く印象と作品タイトルが一致しない、というのは往々にしてあることなのですが笑、今回は良い意味でタイトルに裏切られたような感覚があります。この大広間にかかっていた百幾つもの絵は比較的最近のものが多いようだったので、この差分が前回との違いかもしれません。

また、草間彌生の作品を観て毎度思うのですが、同じ対象物を観ても人によって見え方が全然違うんだろうな、と。私には花のかたちがあのように見えないし、水玉模様や網目がフィルターのようにかかることもないし、男根で物が作られている様子もイメージできない。でも、きっと草間彌生には世界がそんなふうに見えていて、それをそのまま描写して作品が作られているのだろう。水玉というのが、"普通"の人と大きく違うから話題になっているものの、もっと細かい部分ではどんな対象物も個人ひとり一人にまったく違う見え方をしているのかもしれない。そんな想像をすると不思議な気分になるし、そう思う機会があるのが草間彌生展だと思いました。

週末は激混みだろうな〜と思って夕方頃行ったらまあまあ見れるくらいの混雑具合でした。ショップの方が混雑すごかった。いろいろアイテムもありましたが、毎度のポストカードばかり買って満足。正方形のポストカードってなんだかワクワクする。

 

MAT

mediaambitiontokyo.jp

せっかく普段来られないエリアに来たので、知り合いがSNSに上げていて気になっていたMedia Ambition Tokyoにも行ってみました。最先端の技術を用いたアートの展示。インスタジェニックな展示もいろいろあっで楽しかったけど、個人的にはJapanese English Accentの翻訳機が面白かった。日本人訛りの英語と、かくあるべき英語をあえて翻訳する機械という設定。日本人がここまで文法ちゃんと喋れたら苦労せんやろ!とは思ったものの、発音が壁になっているのは否定できないよな…と思いました。他にも、未来の乗り物に乗った感覚のシアター(スターウォーズぽい!)や、蚕を3Dプリンタに見立てて作ったシルク素材であったり、普段なかなか見られないものが展示されていました。頭がカチカチなので「これがめちゃくちゃ未来につながる感じする!」というストーリーは描けなかったものの、TOKYOの夜景を観ながら未来に思いを馳せるのがすごく未来ぽくて面白かった。

夜20時頃に行ったらシティビューから東京タワーがとてもキレイに見えて、外国人の人たちがいっぱい来てて、ここがきっと観光地として有名なんだろうなと気づいた。確かに東京タワーに登って景色を見下ろすより、東京タワーを見下ろせる展望台に行くほうがテンションあがるよな…面白いところですギロッポン

 

N・S・ハルシャ展

www.mori.art.museum

さて一日にアートを詰め込んだものの、個人的に一番理解できて面白かったのがこのハルシャ展でした。とりあえずインド行きたい気持ちが刺激されまくった。南インド・マイスールに生まれたハルシャの現代アート作品が展示されています。時間帯のせいかガラガラですごく良い環境だった。全体的に木のいい匂いしてた。

作品のテーマとして取り上げられているのが、現代インドを取り巻く資本主義化に対する批評だとか、インドの根底に流れる思想をあえてピックアップしたものとか。これは「今この時代を生きる」存在だからこそ作れる作品だろうし、彼がインドの中以外の視点も持っているからこそ描けるんだろうなと思った。

パターンとして、ひたすら人が並ぶ構図に少しずつ違いを入れる、というものが多かった。でも一人ひとり顔や様子が違っていて、この人達全員にバックストーリーがあるんだろうなと思わされた。マグリッドの「ゴルコンダ」に近しいかも。ただ、タッチが水彩ぽくて繊細な感じがして好みだった。グッズにポストカードとかまったくなくて残念!

ちょこちょこ作品中にオマージュがあるのも今っぽい。

f:id:puch0o:20170306002243j:plainデュシャンの「泉」とか

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Windowsのパソコン(の先に誰か繋がってるのか?)とか。

(※撮影OKなのです!」

 

このミシンの作品、どうやって持ってきたのかすごく気になる。「国家とは」、というテーマは個人的に引っかかっているポイントなのでもうちょっと深掘りしたいです。

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終わりと始まりがつながりっぱなしなの、インドの輪廻転生な感じがある。しかもこの作品めっちゃ大きい。圧倒された。

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正直インドに行ったことはないし、この作家のことも全然知らなかったけど、批評として問うているポイントにすごく共感できた。スーツを着た人たちが頑張ってくれるみたいだけど、そのためには農民がそもそもの生産を担う必要があるのでは?とか、人々の世界は科学技術によって良くなるのか?とかとか。顕微鏡と望遠鏡、でミクロとマクロの視点を表しているのもなんだか知的だと思った。展示の最後にサルがいるの、RADWIMPS前前前世」のMV思い出しちゃうし、いろいろと伏線を回収しにいきたくなる展示でした。「前衛的すぎて理解に苦しむ」というのが現代アートあるあるなのですが、彼の作品はもうちょっと世俗的というか、わかりやすくて楽しめました。たぶんそこまでブームになる企画展でない気もしますが、ぜひインドに興味がある人は行ってほしい!

 

そんな感じのアートな週末でした。明日から天気が崩れるみたいでちょっと憂鬱ですが、新しい一週間も実り多きものとなりますように。ごきげんよう

 

ピアノとわたし

春らしい土曜日。暖かさにひかれて外出をしたら、くしゃみが半日とまりません。顔の表面もむずむずするし、春だなあ…

先週公開になった、話題の「ラ・ラ・ランド」を見てきたのでその感想を書きます。ネタバレもします。

雑感

音楽

ミュージカル映画とのことで、音楽でノリノリになれることを期待していた。初っ端のシーンから絶賛ミュージカル調だったけど、サントラを買いたくなる感じではなくて映画館で大音量で楽しむから良いよね、という感じだった。とかいいながら曲が流れたらノリノリになるんだけどな〜笑 一番好きな曲は出だしの交通渋滞のとこです。

ストーリー

ストーリーは正直そこまでヒットしなくて、というよりもあんまり理解できませんでした。自分の夢を追いかけるのが大事、という話になると思いきやそういう結論でもなく、両方が夢を叶えたのに結局結ばれないのか???という疑問とか、そもそも最初ぜんぜんそういう感じじゃなかったのでは??とかとか。私がコドモで分かっていない説もあるけど、よくあるテンプレどおりの話ではなかったし、結局ハッピーエンドなのかそうでないのか分からない感じでした。人生そんなキレイに幸不幸が分かるもんでもないよ、という話だったのかもしれない。

映像

とはいえ、原色好きのわたしにとって、色鮮やかで見ていて楽しい映画でした。映画見終わってから帰宅して、つい爪を真っ赤に塗っちゃったよ。てっきり、ミアのテーマカラーは黄色になるものだと思っていたらピンクだったり青だったり紫だったり。ドレスと髪色がぴったりで可愛かったな〜私も原色の服着たくなってくる。音楽も結構ビビッドな印象を受けたので、やたらと感覚に訴えかけてくる映画でした。聴覚はちょっとくどい感じもある。

個人的に思ったこと

ピアノでいろいろ思い出す過去

セブがピアノを演奏するシーンで手元がズームになると、スタインウェイのロゴが見える。確かにピアノの音の響き方がスタインウェイだな、とも思う。なんで音の雰囲気が分かるかというと、私が昔習っていたピアノ教室にあるグランドピアノがスタインウェイだったのです。映画を見ながら、話がどんどん進んでいくのに頭のなかは過去にピアノを習っていたときの記憶でいっぱいだった。そして、その記憶が正直あんまり楽しいものじゃなくて、ストーリーと全然関係なく泣いてしまった。他人の顔色をやたら伺ってしまう今のワタシ、人のいうことをすぐに聞いているつもりで、でも実際できていない私、一週間に一度自分という人間をさらけ出す必要があってそれが苦痛なわたし。最近若干の生きづらさを感じているのは、過去にピアノのレッスンが辛かったことと関連がないでもないんじゃないか、と思い当たるきっかけになりました。

夢を追いかけるのか、現実を生き延びるのか

最近観て感銘を受けた映画、プラダを着た悪魔をなんとなく思い出す映画でした。女優とピアニストという、クリエイティブの仕事がテーマなので全く同じように捉えることはできないだろうけど、何のために今自分がそれを頑張っているのか、物事の優先順位を何基準で決めているのか?最近の自分の悩みにもつながるストーリーだったように思います。結局全ての決断をしているのは自分なんだよな〜と思ってブルーブルーな毎日。後味がいまいち煮えきらないように思ったのは、観ている自分の気持ちもあるのかも。

などなど。ミーハー心を発揮した映画鑑賞でした。

面白さ感度が絶賛下がっている

最近いろんな感度が下がりまくっている気がする。特に、「面白い」感度が下がりまくっているようで(それを感じる場が多すぎて)つらい。

読みまして。

note.mu

この気持ち、すっごく分かるのですね。美醜の判断もだけど、そもそも私は「目の前にいる人」以外の顔がびっくりするほど覚えられない。テレビに出ている人も、よっぽどじゃないと覚えられないし(吉高由里子を最近認知した)、外国人になるともっと分かんなくて、洋画に出ている人が全然分からない。ディカプリオの顔分かんない。ジョニー・デップオーランド・ブルームしか分かんない。あとキーラ・ナイトレイも分かる(パイレーツ縛り…)。たぶん単純に人に興味がないだけなんだろう。人を覚えるときに、性格とか込みなら結構覚えられるので、人という存在に見た目があんまり結びついていないのかも。

あと、よくよく考えると人の好き嫌いにも結構疎いように思う。他人について「こういう人なんだろうな」って思うことは割とあるんだけど、それは理性で思うことで、感情で「この人好き」「嫌い」を言語化するのを避けていたな、って思う。あと、私の母親がよくテレビに出ている人の「好き」「嫌い」を言うのだけど、その感覚が私とあわなさすぎて「あれ私の感覚変なのかな?」と思って感情を封印してきたところもある。

そんなこんなで、最近めっきり人と話さないので「他人の面白い軸」が自分とずれまくってしまい、「私の中ではめっちゃ面白いんだけど、全然他人に通じない」エラーが起こりまくって普通に辛い。「この人はこれを面白いと思うんだ」は分かるけど、それを自分から発信できなくて全然おもしろくない。そんな面白くない自分が絶賛面白くない。という最近でございます。

なんだか今日はやたらとくさくさしてしまっているので早めに切り上げます。みなさま良い週末を。ごきげんよう